2008.06.30生命保険は「住宅に次いで高い買い物」か?
当たり前のように耳にするトークだが、実感として、どこかしっくりこない。
今回は、このことについて考えてみたい。
以下では、話を単純化するために、30年の定期保険(掛け捨て)と仮定して書く。
保険料が月1万円の保険なら、支払い保険料は年に12万円、10年間で120万円、20年間で240万円、30年間払い続けると360万円になる。保険料が月2万円なら、その倍の720万円だ。「住宅に次いで高い買い物」といわれるのは、その総額のことである。
もし3000万の住宅を購入するとしたら、それだけ払うに値する物件かどうかをじっくり吟味して購入するはず。総額で考えれば、保険だってそれと同じように真剣に選ぶべきですよ・・・という文脈で語られる。しかし、保険が「高い買い物」だというのなら、そもそも、その高額な総額(総支払保険料)で買うものとは何なのだろうか?
こういう言い方は顰蹙を買うかもしれないが、保険で買えるものがあるとすれば、それは保険金というお金ではないのだろうか?ただし、これは契約期間中に死亡した時だけしか受け取れない。では、もし保険契約満了時にも生きていたとしたら、その間に支払った保険料によって、一体何を買ったことになるのだろう。安心?保障?リスクヘッジ?うーん、曖昧だなぁ。
生命保険とは、「人間誰しもが必ず迎える死を対象に、契約期間内にそれを迎えれば保険金が手に入る」というしくみであり、保険料はそのしくみへのエントリー代なのではないだろうか?それをリスク転化の手法と呼んでもいいのかもしれないし、家族への責任のひとつのかたちと言ってもいいのかもしれないが、いずれにしても、その本質は買い物ではなく、契約である。「家の次に高い買い物」がしっくりこないのは、この点だと思う。
保険は「買う」というよりも「掛ける」という方がしっくり来る。「保険という契約を結んで、その掛け金を払う」という言い方が保険の実態にあっていると思うからだ。
あるいは、「掛ける」というよりも「賭ける」という方が、より本質に近いのかもしれない。生命保険の保険料は、そもそも予想死亡確率によって計算されているのであり、それがはずれてしまえば生命保険会社は大変なことになる。その意味でも、まさに賭けなのではないか。こういう言い方は顰蹙を買うのかもしれないが、そう考えた方が、保険の本質がわかりやすいし、冷静に検討できるのではないかという気がする。
そう思いながら、「賭ける」を辞書で引くと、「勝てば獲得し、負ければ失うという約束で金品を出す。」とあった。「成功すればある物を得る、または失敗すればある物を失うということを承知して事に当たる」とも。これは、意外と保険契約の本質に近くないだろうか?
しかし、保険を賭けだと言うと、「死ぬことが勝ちであり、生きることは負け」になってしまう感じがしてイメージが悪い。営業時に、「保険は賭けのようなものですから、よく考えて契約しましょう」とは言いにくい。「保険は住宅に次いで高い買い物ですから、しっかり価値に見合ったものを選びましょう」といった方がコンサルタントのトークとしてのイメージはいいかもしれない。しかし、それは本当に誠実なアドバイスなのだろうか?
契約者が亡くなって保険金が入れば、リスク転化の賭けという観点からは勝ちである。思いがけない不幸だったけど、保険金のおかげで困らなくてすんだ・・・と、感謝できる。一方、契約期間満了時にも元気で生存していたとしたら、賭けには負けたことになるが、無事生きられてよかったね・・・と家族で喜ぶことができる。勝っても負けてもよかったねといえる賭け。それが生命保険です。この方が、少なくとも「住宅の次に高い買い物だから」と言われるよりも、保険の本質を考えるきかっけとしてわかりやすい気がする。
以前、この話をしたら、人の生死にかかわることに賭けという言葉を使うのは不謹慎ではないか?という人がいた。でも、そもそも、人生とはいわば賭けの連続のようなものではないか。そして、何かに賭ける時、必ずしも勝つことだけが大切なわけではないと思うのだ。